プロフィール④〈第1次ひきこもり生活Ⅰ-②〉

心の拠り所となる相手が出来たからといって、自分の心が完全に楽になる訳ではありませんでした。

相手を心から信頼できるわけではなく、嫌われるんじゃないか、また裏切られて何処かに行ってしまうのではないか。など苦しみや恐怖を抱えながらメールを返している状態でした。

なのでメールを返そうと思っても受け取ってから1週間後などざらでした。長文も多く携帯のメールを送信するのに最後の送信ボタンが押せない。押すのに大きな勇気が必要だったりしました。

相手は励まそうと思ってメールを送信してくれていました。私はそのメールを読んで苦しみながら返信する。そんなやり取りを続けているうちに相手も悩みを打ち明けてくれるようになりました。

二人の間に絆が生まれ、お互いを支え合う親友となりました。

だからといって完全に相手を信用できず、どこか恐れを感じながらメールのやりとりを続けていたのを覚えています。また相手も私と同じような境遇にいるようでした。

ある時「このままだったら施設に入れられそう。」というような内容のメールが来ました。精神薬も飲んでいると。

そして相手のメールアドレスが変わって恐らくその方の住所になっていました。

きっと私に出てきてもらいたい。そんな思いが込められていたんだと思います。私は悩みに悩みました。けれども自分に自信がなかった私は何を考えてもそれが正しいと思えず、メールを送りたくても送れない。そんな日々が続き1週間程?経った時ある答えがでました。

自分に自信がないのは、今まで聴いたことを自分で考える頭がなかった。人から聴いたことを疑わず自分に取り込み、自分の考えにしている。全てにおいてゼロから新しく自分の考えを構築しなければならない。でもその領域に達するには自分だけの力では行けず、親友の『その道を信じている。』という想いが必要ということでした。そしてこの答えを得るためにひきこもったんだ素直に感じた瞬間もありました。

そういった想いを苦しみながらメールに綴り、私は相手に送りました。

しかし相手には届きませんでした。

メールアドレスが変えられたか、親から制限をかけられたか分からないのですが、エラーが返ってきました。

その時

自分の心を司る精神世界の中のとても大切な1本柱(イメージとしては水晶)が音もなくポキっと折れた音がしました。

私は『あっ、これはもう元には戻らない。』という悟りを感じました。

そして

『死のう。』

という感情が自然と生まれたのを覚えています。

 

ただそこで一歩踏みとどまる思考が生まれました。もし親から制限をかけられて携帯を止められた場合、連絡手段が復活すればまた連絡がくるかもしれない。

その考えが最悪の一歩を止めてくれました。

そして来る日も来る日も連絡を待つ日々が続きました。相手の住所らしきものを知っていたのですが、上に記述した何を考えてもその答えに自信が持てない故に行動に起こせなかったのです。

 

私がその方にメールを初めて返した時があって、その時相手から『今日が友達になった記念日だね。』というメールを受け取りました。

なのでその日が来るまで希望を捨てず、苦しみながら日々を過ごしていました。

そしてその日が訪れたのですが、メールは届きませんでした。

私は自暴自棄になりました。大切な親友を守れなかった私は価値のない人間だ。屑だ。ダメ人間だ。いなくなってしまえ。壊れてしまえ・・と。

次からその自暴自棄になった話をつづりたいと思います。

長文お読みくださり誠に有難うございました。

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