潰瘍性大腸炎について②

どうも。Souls Crystalです。

今回は2回目の入院生活について話したいと思います。

そんなこんなで1回目の入院を終えた私は不安を抱えつつも外来受診に切り替わったのでした。

生活は激変して、家にいる時は食事制限のある生活を強いられたり、まだ完全に寛解期(病状が治まって普段と変わらないような生活ができる期間)に入った訳ではないのでトイレに行けば血便が出るという状態でした。

確かそとに出る時はなく、家で安静にする時間がほとんどだったと思います。

そして外来の日を迎え、いつトイレに行きたくなるか分からないので、若くしておむつデビューをした時でもありました。

そしてその外来の日を境にまた病状が悪化するのでした。

 

潰瘍性大腸炎という病気は今の医療では完全に治ることは出来ず、いかに再燃(症状が出ている時)しないかが鍵になってきます。

そして再燃のきっかけになるのが肉体的ストレスであったり、精神的ストレスであったりします。

なので外来の時も気を付けて途中で休憩を入れて、なるべく肉体的ストレスを減らそうという思いで行動していました。

ですが病院の往復1時間30分くらい歩いただけでそこから体調が崩れ再燃して、また入院することとなりました。

ちなみにその外来の日に正式に潰瘍性大腸炎という診断が下りました。

 

2回目の入院生活はとても大変でした。

再び1日で20回前後の血便が出るようになり、貧血や脱水症状でふらふらしてトイレを往復する生活になりました。いつお腹が痛くなるかも分からない状態で、それは夜寝ている時も同じでした。なので腹痛で目が覚めトイレに行くことも多かったです。便が緑色になった時もありました。

絶食になり、栄養は点滴で行われ、LCAPという白血球除去療法が行われることになりました。

原理は糖尿病の方が人工透析をするのに似ていて、少し太めの針を両腕に刺し、血液を一度外に出してフィルターに通し、また体内に戻すことによって、異常な働きをしている白血球を除去する治療でした。

点滴をしてLCAPもしてと腕に針を刺すことが多かったので、血管がぼろぼろになり上手く針が刺さらないことも多かったです。

点滴は看護師さんが来てくれて刺すのですが、一人目は上手く刺さらず、二人目も上手く刺さらず、3人目も上手く刺さらず、ついには担当の先生(医師)が来てくれてそれでも2回失敗をするというそんな血管の状態でした(笑)

横になっているのが精一杯で、備え付けのテレビを見る余裕すらなかったです。

熱もでて一番高い時で39度前後になったときもありました。それに加え原因は分からないのですが横になっているだけで咳が出る時もありました。

自分は一生病院生活を続けることになるのかな・・と悲観したり、これから自分の人生はどうなるんだろうと心配になったりしました。

そんな入院生活の中、自然と自分の意識が大きな闇にそまっていくような感覚になり、死はこの先にあるのだと実感しました。

そこで自然に湧いてきた感情が自分の感性を通して何かこの世に残したかったという感情でした。

なので今でもその感情は私の中に強くしっかりと息づいています。

 

 

そして私は入院生活を通して人にとって大切なことを学ぶ機会となりました。

それは人を慈しむ心や、人の人生は衰え限りがあるということです。

入院していると様々な病気を抱えた方々と一緒になります。中には常に痛みで声を出していなければ気が治まらない方の声も聞こえたりしました。

そういう様々な方を看護する看護師の方々や、医師の方々の人を慈しむ心はとても深く接し方や態度で強く感じました。

なので私も心を救われることが多かったです。体温を測って看護師の方に伝える時があるのですが、そういう時に看護師さんが一人一人の方に話しかけたり、相談に乗ったりする姿を見てどんな方にでも優しく心に寄り添う心を感じたりもしました。

また定期的に担当の医師の方が様子を見に来てくださったりする中で心癒される時も多かったです。

私はその事を学べたので入院して良かったなーと今でも思います。

 

そんな入院生活をしていたのですが病状は良くならず悪化していたので、医師の判断で潰瘍性大腸炎に特化した病院に移ることになりました。

 

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